翌朝、兄の家を
出ようとした時、
玄関のチャイムが鳴った。
ドアを開けると、そこには
イサムが立っていた。
彼の手には
大きなキャリーケースが。
夫
「おはよう。
義兄さんの具合はどう?」
私
「あ、おはよう…
少しずつ良くなってるよ」
言葉を交わしながら、私は
平静を装うのに必死だった。
夫は何食わぬ顔で、
キャリーケースを差し出した。
夫
「着替えを持ってきたよ。
一応、見繕ってみたんだけど」
ケースを開けると、そこには
完璧なまでに準備された衣類や
日用品が。
パジャマ用のTシャツと
ジャージ、普段着、仕事用の
ビジネスカジュアル。
下着類に基礎化粧品まで、
すべて過不足なく揃っていた。
なんて…抜け目がないんだろう
悔しさと複雑な思いが
込み上げてくる。
それでも、表情を崩さないよう
気をつけながら言った。
私
「イサム、ありがとう。
本当に助かるわ」
夫
「良かった。あ、そうだ」
夫は紙袋を取り出すと、
兄の元へ向かった。
夫
「お義兄さん、お怪我の
具合はいかがですか?
これ、以前好きだと
おっしゃっていた羊羹です。
お見舞いにどうぞ」
兄
「気を遣ってくれて
ありがとう」
兄は嬉しそうに
羊羹を受け取った。
夫の気配りに、私の胸は
更に締め付けられる。
夫
「お大事にしてください。
それじゃ、仕事に行かなきゃ。
キヌ子、また連絡するね」
夫は去り際まで完璧な
振る舞いを見せた。
ドアが閉まると、
兄が感心したように言った。
兄
「いやぁ、イサム君って
本当に気が利くなぁ。キヌ子、
良い旦那さんを見つけたよ。
俺もできるだけ早く
左手の生活に慣れるから。
本当に悪いな」