浮気

帰宅すると夫と夫の親友の奥さんが…とある場所へ連行した結果【3話】

 

(着替え…

いや、無理。今は帰らなきゃ)

 

家を出た瞬間、

涙が溢れ出した。

歩きながら必死に堪えるが、

止まらない。

 

途中、量販店に立ち寄り、

替えの下着だけは購入した。

レジで会計をする時、

店員の視線が気になった。

 

涙で目が赤くなっているのに

気づいたのだろう。

私は慌てて目を拭った。

 

店を出て、どうやって兄の家に

戻ったのか覚えていない。

気づけば、兄のアパートの前に

立っていた。

 

(どうしよう…兄さんに

話すべき?いや、まだ…)

 

扉の前で立ち尽くす私。

 

手が震えて、鍵を差し込むのも

一苦労だった。

 

「おかえり。

随分遅かったな。

どうした?顔色悪いぞ」

 

「そう?大丈夫!

ちょっと疲れただけだよ」

 

嘘をつく自分の声が、

どこか遠くで

響いているように聞こえた。

 

頭の中は真っ白で、

これからどうすればいいのか、

まったく考えられない。

 

兄の家で夕食の支度を

していると、

スマートフォンが震えた。

 

夫からのLINEだ。

画面を見つめる手が、

少し震えている。

 

「義兄さんの様子はどう?

何か必要な物とかある?」

 

普段と変わらない文面。

 

まるで数時間前の出来事など

無かったかのような、

何気ない言葉に背筋が凍る。

 

(どうして…

平然としていられるの?)

 

深呼吸をして、返信を打つ。

 

「脳には影響ないみたい。

ホッとしたけど…利き腕を

骨折しちゃったの。

完治までしばらくかかるって。

慣れるまで身の回りの世話を

することになるから、

しばらくの間、

パートもこっちから通うわ。」

 

送信ボタンを押した後、

すぐに返信が来た。

 

「了解。義兄さんに

お大事にって伝えてくれ。

俺も近日中に

お見舞いに行くから。

 

あ!お前の着替えとか諸々、

持って行ってやろうか?」

 

その言葉に、

胸が締め付けられる。

 

つい先ほど

目にした光景が蘇る。

 

家に帰りたくない。

夫の顔を見たくない。

 

でも、兄の事故のことで頭が

いっぱいで、

今はそれどころじゃない。

 

そんな本心は

押し殺して返信する。

 

「大丈夫。明日、

休みを取ったから家に寄って

荷物取ってくよ。

イサムはこっちのことは

心配しないで。おやすみ」

 

スマホを置いて、

深く息を吐き出す。

 

頭の中が

ぐるぐると回り始めた。

 

(どうして

平然としていられるの?

もしかして…

ヒトシは許したっていうの?)

 

ヒトシの

優しい性格を思い出す。

彼なら

許してしまうかもしれない。

でも、それでいいの?

 

あんな姿で…

何があったかなんて

想像がつくのに…

 

(私だって被害者。それなのに

私を抜きにして話を

つけようとしているの?)

 

怒りと悲しみが混ざり合う。

台所に立ったまま、

涙がこぼれ落ちる。

 

「キヌ子、どうした?

具合でも悪いのか?」

 

 

ハッとして顔を上げると、

兄が心配そうに見ていた。

 

「ううん、大丈夫。

ちょっと疲れただけだよ」

 

「無理するなよ。

俺のことは心配しなくていい」

 

「うん…ありがとう」

 

優しい兄の言葉に、

また涙が溢れそうになる。

 

でも、まだ話す勇気が出ない。

 

夕食の準備に戻りながら、

明日家に戻った時のことを考える。

夫と向き合わなきゃだし、

ヒトシとミキにも

会う必要があるかもしれない。

 

どうすればいいの…

 

答えは出ないまま、明日への

不安と、今夜乗り越えなければ

ならない時間。

 

それらが

重くのしかかってくる。