私はキヌ子。
28歳のパート主婦。
高校の同級生だったイサムと
結婚して2年目を迎えていた。
子供はまだいない。
あの日は、まさに
波乱の幕開けだった。
2歳年上の兄が不慮の事故に
遭ったと連絡が入ったのだ。
私
「え?兄さんが病院?」
電話の向こうで母方の叔母が
慌ただしく説明する。
叔母
「キヌ子ちゃん、急いで
来てくれる?兄さんが階段で
滑って…頭を強く打って…」
私は胸が締め付けられる思いで
病院に駆けつけた。
幸い、兄は数時間で
意識を取り戻し、翌日には
退院できるまでに回復した。
だが、安堵したのも束の間。
兄の右腕、つまり利き腕が
骨折していたのだ。
両親は既に他界しており、
兄は独身で世話を
してくれる人がいない。
兄弟は私ただ一人。
兄の世話は
私の役目となった。
退院日、兄の家に着くと、
現実の重みを痛感した。
私
「兄さん、大丈夫?
お茶、入れようか?」
兄
「ああ、悪いな。
左手じゃうまく持てなくて…」
兄は申し訳なさそうに左手で
カップを掴もうとするが、
ぎこちない。
私
「しばらく私が
泊まり込んで世話するわ。
イサムには電話しておくね」
兄
「ごめんな。迷惑かけて…」
私
「何言ってんの(笑)
気にしないでよ。
家族なんだから」
急遽決まった泊まり込み介護。
兄の家から自宅へ
必要な物を取りに戻った。
疲労で体が重い。
ドアを開けた瞬間、違和感が。
薄暗い玄関に、見慣れない靴が
何足も雑然と並んでいる。
イサムの友達だろうか。
けど、こんな時間に…
リビングからかすかに
話し声が聞こえてくる。
男女の声が混ざっている。
夫の声もする。