イチロウ「私がこの仕事を
選んだのには理由があります。
私の父も酒乱で、母は
苦労の末に亡くなりました。
その時、理不尽に
耐える人々を救いたいと強く
思ったんです。」
彼は私を見つめ、続けた。
イチロウ
「キヌ子さん、
あなたの姿に母の面影を
見たんです。
この仕事は、苦しむ人々への
恩返しだと思っています。」
イチロウの言葉に、
部屋の空気が
一瞬凍りついたように感じた。
ヒュウガの罵声も、
ケミのすすり泣きも止んだ。
私は胸が熱くなるのを感じた。
イチロウ弁護士の話を
聞き終えた後、部屋は静寂に
包まれた。
夫のヒュウガは、
もはや反論する気力を
失ったようだった。
彼は黙って書類に目を通し、
ペンを手に取った。
夫
「ここに署名すれば
いいんだな」
ヒュウガがサインを
済ませると、
私は用意していた印鑑を
差し出した。
それを見て、
夫は小さく呟いた。
夫
「用意がいいんだな」
そう言って、
黙々と押印していった。
一方、アケミは顔を
両手で覆ったまま、
小さな声で繰り返していた。
アケミ
「ごめんなさい、
ごめんなさい…」
フク弁護士が
優しく声をかけた。
フク
「慰謝料の件、
理解していただけましたか?」
アケミは顔を上げ、
涙目で頷いた。
アケミ
「はい…支払います。
本当に…本当に!
申し訳ありませんでした」
手続きが全て終わると、
ヒュウガとアケミは別々に
部屋を後にした。
私は深い安堵の溜息をついた。